訳者 佐々木毅ほか
1996
岩波書店
ハーバーマスは広義に理解されている文化ーーそれはすべての市民に共有される必要はないものだーーと、権利への相互の尊重を特徴とする共通の政治文化とを区別している。立憲民主主義は、少数派文化の構成員に多数派文化と「共存する平等な権利」を認めることによって、こうした区別を支持するものである。こうした権利は集団の権利なのか、個人の権利なのか。ハーバーマスはこう主張する。それは自由な結社や不差別という個人の権利であって、それゆえ、いかなる文化の存続も保証するものではない、と。あたかも危機にさらされた種であるかのように文化を保存するという政治的プロジェクトは、文化からはその活力を奪い、個人からは自らの継承した文化的アイデンティティを修正したり、さらには拒否したりする自由を奪い去ってしまう。立憲民主主義は広範囲の文化的アイデンティティを尊重するが、そのいずれの存続も保証しないのである。
(序文ii-iii)
だとよ!
確かにそうだよね!
でも、長いものに巻かれて、グローバル化して、世界のどこでもマクドナルド、IKEA、ヤマダ電機…ってなったら、情緒なくない?情緒…は政治はまったく関せずか。
まあ、もし淘汰されるならそこに至るまでにはひとつじゃない理由があって、そうなるしかなかった。そこは政治が、どうこうすべきではない。て感じ?
なんか、本棚からすごい存在感をはなっていたこの本でしたがやはり序文からビシビシキテます。
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