まだ夢の中にいるようなわたしです、今日は世界が輝いて見えます。世界よ、ハロー!!
そして、「よみうりランドに来てくれてた人たち」(ヒロインではっきり言及したの!!ランドに来てくれてた人達に見せることができてよかったって)ってわたしでしょ!!どう考えても!!
(桑田の時から何も成長していない)(でもほんとだもん!山に通い続けるわたしを呆れ半分、あたま大丈夫かこいつ・・・と心配半分で見ていた、一般カテゴリのお友達もみんなそういってくれたもん!ふふふ)
わたしは、伊集院さんいわく、「選手にひれ伏す瞬間」を味わうことが野球観戦の最大のロマンだと思ってて、そのためは、一回どん底を見ないとなの。そこから復活するのが大好きなの。だから、選手生命の後半、の後半、に入った選手ばかりが好きなわけ。(中には、伊藤智みたいな、若いうちからどん底見る選手もいるが)
昔の野球選手は引き際が鮮やかで、辰なんかも、小さな復活(ホームランとか)のカタルシスはありつつも、ある時期にきっぱり線引いて、指導者としてやっていく決意するでしょ。それも、美しいあり方なんだけど、桑田みたいに、体あちこち切り刻みながら、チームに操立てるでなく、グランドに立ち続けることに意味を見出して、現役として生きていく道もあって、桑田のときに、それもすごくカッコイイなと思った。そういう、THE男の生きざまを見るのが、すごく楽しいわけ。
ガッツの場合、全盛期をわたしまったく見ていない(ガッツは、わたしが辰と殿の現役引退と共にわたしも引退したのとほぼ同時期にプロ入りした「空白の世代」の人。しかも、パリーグの選手だったから名前すら知らなかった)し、大正義読売巨人軍の生え抜きではない、落合カテゴリ(でも落合さんも大好き、わたしの人生を変えた人wです)の人だから、桑田とはまた違う思いで見ていたけど(主に太ももを見ていただけだけど・・・)・・・
主な視点はふたつあって
①太もも (世界で最高の脚)
②必ず来る目や体の衰えと、どう折り合いつけて、スランプの中でも特に老い要素の強いスランプを乗り越えて、現役を続けていくのか。
①に関してはここでも実社会でもさんざん賞賛している(このブログを「太もも」で検索したときの大量さ!)ためここでは省略する。
②に関して補足すると、辰などの一昔前の「引き際鮮やか組」に対して、近年目立つ、工藤きみちゃんや山本昌さん、桑りんなどに代表される「現役こだわり組」、これを近年の風潮とするとき、前者が乗り越えずに終わった「老い要素スランプ」を、後者はどう乗り越えるのか。その過程を、見てみたかった。去年、前者の選手であれば、どうみても引き際だっただろうが、ガッツは現役を続けた。このことで、ガッツは後者に分類されると判断し、2の問いを設定した。
あいにく、野球をしたこともなければ、ルールもわからないので(謙遜ではなく本当です)、ざっくりとだが、②の問いに関して、立てた仮説。
①これまでのスタンスを、自分の現状に合わせて変えるのか。
これまでの様子(リアルタイムでは見ていない)を管見するに、かつては長打型(?ホームランバッター)であったのだろう。技術駆け引きの選手ではなさそうである。同じように力で持っていくのが難しくなったときに、どのように折り合いをつけるのか。
感情的なところでいうと、好きな選手には、ホームランなんて打たなくてもよいから、長打狙いで攻撃の流れを止めるより、老獪・いぶし銀タイプになって長く生き残って欲しいと思うが(そのほうが現役を長く楽しめる)、これまでの中間報告としては、そうなるような兆候はあまりない。
かといって、これまでの印象から、ギリギリの薬物を使うようなところからは、一番遠いところにいる人のような気がするので、どうなっていくのだろう。興味深く、拝見したいと思います。
外様大名と呼ばれる人(キヨは含まない、見てないから)特有の、「属していない感」があるが(もちろんそれはそれで当たりまえとおもう)、そういう人は、なんかユニフォームが浮いて見える。そしてガッツにもそれを感じていたんだけど(越境者特有の属していない感)、このあたりに書いてある、昨シーズンまで感じていた、「出番を求めて、ほかのチームにいっちゃってもおかしくない」「ジャイアンツに骨埋めてくれなそう」「コーチになってくれなそう」感が、根強くあったので、今シーズン、なんおくなんぜんまんダウンで契約を更新したと聞いたときにすごく意外で嬉しかった。
で、今までの外様大名とは違うのかも!!ジャイアンツ愛ちょっとあるのかも!!と思って、より、好きになった。(結局巨人ファンなんでしょうか?わたしは?でも、もし堀内や江川サンが監督なんだったら、どっちかというとアンチだと思います。辰が好きなだけです)
そういう目で見るからかもしれないけど、なんかもう今年は、「いつ監督になるのかな~。あっ 生え抜きじゃないんだっけ」 とまでおもう感じだった。で、お行儀のよさをはじめとする素行の良さも、日本人(もちろん、その一部)が、こよなく愛した大正義巨人軍の「紳士」そのもので(親ごさん、そして奥様が素晴らしいんでしょうねぇ~←おばちゃん特有のものいい)、わたしは、心の中で「名誉生え抜き」を勝手に授与したのでありました。
「一員になれた気がする」
ときのうのヒロインでガッツが言った。
えっ、今頃?!わたしは見てないけどいろいろ聞いてますが、V3に貢献した立役者なんでしょ。優勝ほど、チームが一体になることないんじゃない。それを何回も経験したのに?と思ったが、そして、本人は、別に深い意味はなくて、今シーズンのことを言っているだけだとも思うけど、「一員」感、ファームの山暮らしを経て、だいぶ増したのではないかと思います。よって名誉生え抜きに処す。(おわかりでしょうがわたしは古いタイプの生え抜き至上主義者です。しかしそれは、外様や助っ人の重要性を軽視したり、差別するものではありません。生え抜きの持つ「ロマン」ただこの一点であります)
山に来ている人は、ほぼ全員同じ人がいつもいるだけなので、いい加減知った顔ばかりだし、中でも、普通な(話の通じる)人とは友達済みだから、きのうの祭りはみんなで分かち合って楽しかったけど、たとえば、遠くから来た人とか、戸田、浦和あたりで会った人とか、この、ガッツを追った日々のなかで、カムアクロスした人たちのことを思いだした。それぞれの場所で飛び上がって喜んで、きょうは、朝いちでスポーツ新聞を買った人たち。みんな愛してます!!God with us ならぬ、”Guts” with usでございます!!
わたしは結局、どこへ行っても変わり者、外れ者なので、あまり人々と「一体感」感じることってないんだけど(野球は見るけど、そこまでチームのファンてこともないから、そこでも疎外感はあるわけだし)
(だから、移民とか、越境者、周縁に追いやられがちな人々にロマンを感じるのかも、unityよりも、diversityに関心がある)
なのでレアな体験でした。サンキューガッツ
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