Aug 4, 2011

Perspective and Point of controversy

すごい無理やりなタイトル(笑)
なんでいつもタイトルに日本語使わないんでしょう。理由、あった気がしたが、忘れてしまって、伝統(?)だけが今残っている。

さてきょうの視点論点は、「ノルウェーのテロとヨーロッパの寛容」でした。


この事件について、自分でも考察をまとめてレポートにしたのですが、レポート出して、帰ってきて、録画してあったのを再生したら、なんか、

「(自分も)こういう風に言えばいいんじゃん!」
「なんでこういうふうに、ソツなく(でも、思いは込めて)まとめられないのか!」

と落ち込みました。先生はやっぱ、すごい。非の打ち所が無い。私と主張は対して変わらないのに、流れは自然で誰にでもわかるようにしてあるし、必要な情報をキッチリ網羅しているし、オリジナルな落としどころなんか、あーそうそうわかるわかる。どうしてそれを(レポートに)かかなかったのか。
という感じ…。

ここ10年くらい、視点論点にでたいと言っている私ですけど、まぁ、まず、無理だね!きょうわかったわ。もう言わない。このネタ封印!(松井君と結婚するする詐欺ネタも封印した今、年代ものの持ちネタが減ってくなー。まあ、誰損(←誰得の反対) だけどさ。)

きょうの視点論点と同じように、それ、わたしも思ってた!!言葉にできなかっただけで!!って思うのって、権威ある人の味方を得たみたいでうれしい反面、なんでこうやってできないんだろうと悲しくなりますよね。
なんか、私の言いたいことなんか、私の担当教員をはじめとして偉い人が全部言っちゃってる。(落ち込むたびに思うことである)
先人の積み上げた礎に私が積み上げられる石って、顕微鏡が必要なレベルだなぁ

この、同志社の先生のご主張(視点論点)は、他者に寛容で多様性を歓迎したことが悪い(この事件を引き起こした)のではない。そこを取り違えないで欲しいということ。
そのとおりだと思う。

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